心と体

お守り

本当に久しぶりの更新です。
ここにあれこれ書かずに済むくらいに元気になりました。
時々電車に乗るのが怖かったり、相変わらず顔に触られるのが怖かったり、人のイラついた声や怒鳴り声に震えたりしますが、それでも元気で幸せに生きてます。

結婚前に、ある人と自分の持ち物の交換をしました。
私が結婚して遠くに行くから、なかなか会えなくなるだろうけど、お互いの物を持っていたら必ずまた会おうと思うから、交換しよう、と。
私は、その時使っていた鏡を渡しました。
その人は、ジッポライターを渡してくれました。
それは、私にとってのお守りになりました。

それから約15年。
途中、1度だけ連絡をもらいました。
でも、以降音沙汰なし。
私が実家に戻ってから、連絡しようにも、もう何年も前の連絡先しか持っておらず、変わっている可能性が高くて、連絡できませんでした。
最近、Facebook経由でその人が私を見つけてくれました。
そして、久しぶりに会うことが出来ました。

まず別居となった時、当座の荷物だけを慌てて持ち出したので、ライターを持ち出せませんでした。
その後、一度戻った時にも、同じく必要な分だけの持ち出ししか出来ず。
離婚が決まった後の荷造りは元夫がやったので、どこに入っているか、あるいは入っていないかもしれないという状態。
そういう状況でも、ちゃんと手元に戻ってきました。
大事なお守りなのに、随分と杜撰な扱いをしたものです…

再会した時にライターの話をすると、相手も私の鏡を持っていてくれました。
あちらも2回ほど引っ越していたらしいんですが、それでもちゃんと持っていてくれて、忘れずにいてくれて、探してくれて、連絡をくれて。

これまであったことをひと通り話しました。
死のうとしたことがあったと話したら、そのことについてだけ怒られました。
生きてて良かったよね、とも。
自然と、「ただいま」という言葉が出ました。
「おかえり」と言ってもらえました。
私は帰ってきたんだと、改めて思いました。

私の根っこを作った人。私が私である基礎に多大な影響を及ぼした人。私以上に私を理解している人。
15年経っても、その存在は変わることなく。
再会できたことが、改めて自分の支えになったような気分です。
また少し、元気になれそうです。

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特大ブーメラン

相変わらずの毎日です。
日々、小さな幸せを愛おしく思いながら、支えてくれる人たちに感謝もしながら生きています。

不本意ながら定期的に見ている元相方のツイッターですが、特大のブーメランが設置されていて、おかしいやらあきれるやら…
元義父(元相方の父親)という人は、大変お酒が好きで、若い時はお酒でのトラブルが絶えない人だったそうです。
結婚前にもその辺の愚痴を元相方から聞いたことがありました。
でも、結婚してから、少なくとも私が知る範囲では元義父がお酒でトラブルを起こしたという話は聞きませんでしたし、元義母からも聞いたことがありません(言わなかっただけかもしれませんけど)。
せいぜい、元義妹の結婚式で飲みすぎて、披露宴の最後に新郎新婦と両家両親の6人で並んだ時にフラフラしてた、ということくらいでしょうか。

どうやら最近、元義父が酔っ払って何かしたようです。十中八九、酔っ払った時に元相方があれこれ言われたくらいのもだろうと思いますが…それがお気に召さなかった様子。
お酒は嫌いじゃないけど、タガを外す道具としてお酒を飲む人は嫌い、とか。
同居人の我侭に振り回されて辛い、とか。
あなた、どちらも私に対してやりましたよ?
心配しなくても、あなたとお義父さんは間違いなく親子です。
あなたがあれほど嫌がって愚痴をこぼしたお義父さんと同じことを、あなたは私に対してやってきましたよ?警察に泊まるかわりに病院に泊まったくらいじゃないですかね、違うのは。

結婚前と同じ愚痴を同じようにこぼして、自分は可哀想だと言って。
本当に、何も変わらないんだな。

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捨てる

離婚成立後に元相方が送ってきた私の荷物。
ひと通り段ボールを開けてはいましたが、片付ける場所がなくてそのまま天袋に突っ込んでいました。
思い立って、少しだけ片付けてみることにしました。

最初にあけた段ボールから、年賀状の束。
私宛だけでなく、元相方宛の物も混ざっています。
年賀状の作成は私の担当でしたから(デザインは相談に乗ってもらったけれど印刷と投函は私)、まとめて置いてあったんですね。それを全部突っ込んで来たようでした。
突っ込んできたと言えば、電話帳まで入ってました。
何が必要だかわからない、という状況は理解できますが、どう考えても私の物じゃない物まで入れてこなくても…まぁ、本当は私があちらに出向いて片付けるべきだったんでしょうから、中身はどうあれ全て片付けてくれたことには感謝しなくちゃいけませんが。

写真も結構出てきました。
結婚式の物や新婚旅行、あるいは結婚前のデートで撮った物。
これは…捨てていいんだろうか。自分たちだけなら捨てていいのかな。他の人が写っている物を捨てるのは少々気が引けます。
結婚式の写真を何枚か見て、久し振りに元相方の顔を(写真ですが)見て、「ああ、そうだ、こういう顔だった」「こんな風に笑う人だった」と思い出しました。
最近は、元相方の顔というと、怒ってるか泣いてるか、とにかく普通でない目つきと雰囲気の状態しか思い出せなかったので。

きっと、捨てていい物・捨てた方がいい物は、いっぱいあるんだと思います。
でも、一気に片付けるには、私の心が耐えられそうにない。
片付けながら、「どうしてもっと早くに気付かなかったんだろう、どうしてもっと早く決断できなかったんだろう」と考えてしまって、自己嫌悪に陥るばかりです。

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1年経過

元相方と連絡を取らないようになって1年以上経過しました。
私はそれなりに元気に過ごしています。
病院に行くこともなく、薬を飲むこともなく。そういう意味では健康ですし、メンタル面の問題は解消されているとも言えます。
もちろん実際はそうじゃないですけど。
今でも調子が悪くなる時があります。
怖かったことを思い出して体や心が固まってしまうこともあります。
特に顕著なのが、顔を触られる、もしくは顔に手を伸ばされる時です。
そんな雰囲気は一切ないのに、叩かれると思ってビクつくことが多いです。
少なくとも今私の周りにいる人たちは、そんなことはしないのに。

今月の初めに、元相方とコミュニティが被ってしまうところで少しだけ動きました。
それをツイッター経由で知ったらしい元相方が、やはりグチグチと言いだしました。
名指しでないだけマシですし、人の行動を規制することは出来ないということもわかっているようでしたが。
彼の言っていることは、公園でそれぞれ好きに遊んでいるだけなのに、自分が気に入らないから出て行けと言うのと同じなんですが、思い至らないようです。

彼が前述の件でツイッターで愚痴っている中で、興味深いことを言っていました。

縁を切るなら、切った後に相手が穏やかに生活できるように考えるべきだ、みたいな。
ああ、そうですか。そんな風に考えてもらえてたとは思いませんでした。というか、全く穏やかじゃありませんでしたし、いつまでもこんな風に愚痴愚痴言われれて敵視されているのにどうやって穏やかに過ごせましょうかと。

この10日ほど、彼の呟きはありません。
もしかしたら新しいアカウントを作って引っ越したのかもしれません。
最後の書き込みが病院に行くというものでしたから、もしかしたら強制入院になってるのかもしれません。
あるいは、調子がよくないと毎日のようにこぼしていたので、いよいよお亡くなりになったのかもしれませんね。
それならそれで構いません。今更どうにも出来ないし、どうにかする筋合いでもないですから。

仮に亡くなったとしたら、彼が主張していた死亡通知とやらはいつ届くのかしらと思います。
縁を切ってから、俺が死んで死亡通知が来た時に後悔しろ、といったことをツイッターに書いていましたから。
未だに、どうして離婚した元嫁にそんな通知が来るのか、それは誰が出す物なのか、わかりませんけどね。

さておき、ちゃんと生きてます。
辛いことがあっても、あの頃に比べたらずっとマシ。ちゃんと頑張れる。
ささやかな幸せを大切にしながら、毎日生きてます。

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若干不調

2ヶ月に1回程度のことだと思うんですが、精神的な不調の波が襲ってきます。
先日、久し振りに電車に乗れなくなりました。
乗れないと言っても、少し休めば乗れるんですけど。
でも、休む場所を探すのにひと苦労…座れて、人がうるさくない場所。
落ち着くだけなら人がいない場所がいいんでしょうけど、出先で調子が悪くなった場合、どうしてもたくさんの人の中で移動しなくちゃいけないので、全く人がいない状態で落ち着いてしまうと、人の中にまた入って行くのに覚悟が必要というか時間が必要というか。

結局、その日選んだのは、駅近くの地下街にあるカフェでした。
店内の照明が暗めで、団体客が入るような作りでもなく(1~2人用の席が多い)、席もそこそこ空いてたので。
お茶飲んでどうにか気持ちを落ち着けるのに1時間弱。
どうにか帰宅しました。

でも、調子が悪くなったという事実が自分の中から抜けなくて、ずっと尾を引いてます。
この週末も調子が良くなくて、ちょっとしたことで過去の嫌なこと・怖かったことを思い出して声が出なくなったり泣き出したり。
特に今日は酷くて、結婚当時に元相方に言われたりやられたりしたことが一気に思い出されました。
向こうは向こうで怖かったり辛かったりするんだろうけど、私だって怖いし辛い。今でもしんどい。
何も悩まずにのうのうと生きてるわけじゃなくて、平穏に過ごせるように努力してる。もちろん周囲の助けをたくさんもらってるけど、言ってみれば「助けてもらう努力」をした結果だし。

頑張れ踏ん張れって自分に何度も言い聞かせて、それでも駄目で涙が出る。
言葉にならない叫びが漏れる。
頑張ってれば、こんな風になることはなくなるのかな。
いつまで頑張ればいいのかな。

そんな風に考えるくらいに疲れてるこの頃です。

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都合がいいのはそっちでしょ?

相変わらず元相方は好き勝手なことを言ってます。
女は女であるだけで得だ、女は一人ぼっちになることがない(誰かしら助けてくれる)…とか何とか。
結婚していた頃もよく言われました。

例えば、初対面の人がいるとして。
結果から言えば、私はそれなりにコミュニケーションが取れたけど、元相方はあまりコミュニケーションを取れない。

例えば、私の友人を紹介するとして。
私の友人である以上、私との共通の話題がもちろんあって、それが中心になりがちですが、もちろん元相方にも話を振るわけです。
でも、あまり話せない。

そして、これらのことで、元相方がオマケ扱いというか、その場に居辛い状態になり、やたらとお酒を飲んだり、後で私に文句を言ったりするわけです。

曰く、「あなたがもっと気を遣って、話に入れるようにするべきだ」「あなたは女だから初対面の人にも受け入れられやすい。自分は男だからどうしても受け入れてもらいにくい」と。

女であるだけで得なんだそうですよ。
だから、私はそんなことはない、女だって大変だし、望んで女に生まれたわけじゃないのに女だからと理不尽なことを求められもするんだということを、実体験を踏まえて反論してきました。
所詮、隣の芝生なのだと。

でも、今、彼は私を「表で女であることを否定してるくせに、裏では女であることを利用している汚い奴」と言って憚りません。

ふざけたことを言ってもらっては困ります。
会話が成立するか否か、受け入れてもらえるか否かに、性別がどれほど関係がある?
なるほど、女は受け入れてもらいやすいかもしれない。
でも、関係を継続させるために払う注意や努力、工夫というものは、男も女も関係ないでしょう?
女だから何もしないでも受け入れてもらえるなんてことはないんです。
私だって、人見知りするけど努力して気遣って(そして、それらの努力や気遣いは当然のことと考えて)、結果として受け入れてもらっています。
それなのに、努力を丸ごと無視して「女だから」という、言われてもどうにもできない根本的な違いを挙げて得だの何だの文句を言われても、私にはどうすることもできません。
そんなことで僻まれても、じゃあどうしろと?
そんなに羨ましいなら、性転換でも何でもすればいいのに!

男である今の状態を捨てられず、でも女としてのメリット(と勝手に妄想していること)も享受したい。
それこそ都合がいい話じゃないの?

相手の努力を認めず踏みにじるくせに、自分の努力だけは認めてもらいたがる。
そんな人、男だろうが女だろうが、一体誰が好きになって受け入れると思うの?

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嫌なこと思い出した

元相方と関わりを断ったのはいいんですが、嫌な思い出が消えるわけではなく。

むしろ思い出す機会が増えて少々辛いです。

この前思い出したのは、元相方が無理心中しようとしたこと。

車の中で喧嘩になって、運転中の元相方がキレたんです。

交通量がほとんどない田舎のちょっとした山道。

上り坂。

少し先にカーブがある。

アクセルを踏み込んで叫びました。

「みんな消えてしまえー!」

…アニメか漫画の台詞ですか?

本人はいたって真剣でしたけど。

一時的にですが結構なスピードが出て、興奮してハンドルさばきもおぼつかない状態でしたから、下手すれば曲がり切れずにガードレールにぶつかるか、突き破って下に真っ逆さま。

助手席側にガードレールがありましたから、一番危ないのは私でした。

「止めなさい」と怒鳴ったら素直に車を止めて、運転を変わるように言ったらこれまた素直に従いましたけどね。

こういうことした人が、私のことを犯罪者だの殺人者だのほざいてくれたわけです。

愛想尽かしたって、薄情だと言う人はいない…と思いたいです。

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縁切り

元相方と、縁を切りました。

あちらにも言い分はあるだろうけど、あくまでも私の見方で言わせていただけるなら「我侭に付き合いきれなくなった」ということです。

あちらの申し出を受けるのが無理だったので、代替案を提示し、それを承諾してもらったはずが、数時間後に覆されて「お金はこっちが出すから」みたいなことを言われました。

無理なものは無理。

何より、働いていない人にお金を出してもらうわけにはいきません。

自分のためになることだからと言っていましたが、月々の障害年金額の半分近くを使うのが、本当に彼のためになるとは思えないし、その時は「自分のために使うお金」と考えても、後になって機嫌の悪い時に「無駄金使わされた」などと言われるのは目に見えています。

だから断りました。

怒りもしました。

いつも通り、死ぬわけがない方法で自殺未遂した後、あちこちに私の悪口を書いて、事情を知らない人の同情を引こうとしていました。

もっともこれまでの経緯がありますから、皆さん深く聞いていませんでしたが…

「プライベートなことはわからないけれど、死ぬことなんてないですよ」みたいな言い方ばかりされていたようですから。

私と彼とで共通している属性やコミュニティがあって、彼はそこから出て行けと主張しました。

実際、コミュニティの管理者に私の除名を申し出たりもしていました(管理者の方はある程度事情をご存知な上に、コミュニティとは関係がない申し出であることも理解しておられたので、事なきを得ましたが)。

電話に出ないと死ぬとか、顔を合わせるようなことがあれば殺すなどとも言われました。

もう、疲れてしまいました。

別居してそろそろ3年。

離婚して2年半。

2~3ヶ月に1度の割合で「死にたい」「消えたい」騒動があり、1ヶ月に1回は「自分なんかいらないんじゃないか」「自分が生きてるのか生かされてるのかわからない」という愚痴を聞く。

怒ることはもちろんあったけれど、それでも話を聞いて励まして慰めて支えてきたのに、「自分がどれだけ誠実に対応しても無駄だった。もっとあの女(私のこと)に誠実さがあれば」などと、人に愚痴られてしまいました。

だから、もういいですよね。

あの人の命に責任を持たなくても、仮にあの人が、普通なら死ぬわけがない自殺(?)方法でうっかり死んでしまったとしても、私が傷ついたり、何かしら責任を負ったりしなくていいですよね。

自由にしてくれって言われてしまったから、もう二度と、手を差し伸べなくていいですよね。

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3年

今日で、自殺未遂した日から3年です。

日付を覚えてるっていうのが嫌ですね…昔付き合った人の誕生日だから覚えやすかったんですが、その人の記憶ともども忘れたいものです。元相方以上に酷い人でしたから。

さておき、3年。

あれ以降、死のうという気にはなりません。

色々面倒になって、全部投げ出したくなったり、自分を壊したり傷つけたくなったりすることはあるけど、死のうとは思わないです。

思えない、の方が正しいのかな。

「消えたい」よりも、「消してくれ」と思う感じ。他力本願。

とはいえ、余程酷い状態にでもならない限り、そこまでは思いません。

どうにかこうにか毎日生きていて、楽しいこともそれなりにあって、幸せだと思えることもあって、支えてくれる人たちもいます。

元相方も波はありつつも、できることをできる範囲でやっていこうとしてる。

そろそろ色んなことを次に進めるべきなんじゃないだろうかという思いもあります。

まだ進むための力が足りないと感じる部分もあります。

時折自分の中の歯車がおかしくなっちゃうような感覚に陥るので、注意が必要だなと思ったり。

***

話は変わりますが、前の記事についたコメントは、あえて晒しています。

どこからどう見ても業者のコメント。

こういうのを避けるためにパスワード設定したり承認制にしたりしてるんですが、いくらでも掻い潜ってこられるんですよね。

通報しても良かったんですが、中身があまりに馬鹿馬鹿しい。

こんなブログを「楽しんで」読む人がいるとは思えない。

もしそんな人がいるとしたら、他人の不幸は蜜の味と思ってる人種ですから、関わりたくないです。

自分もココログをやっているというなら、URLを書けばいい。

メアド(携帯)は書くのにURLは書かないというのが理解できません。

URLを知るためにはメールを送らなくてはいけない=メアド収集目的、と断定。

馬鹿な業者ですね。

でも、こういうのに引っかかってしまう人がいるのも事実。

先日も、Facebookで同じようなメッセージがありました。

ここでは話しにくいことだからメールください、と、あからさまに怪しいメールアドレス(携帯)つきで。

そこでも晒しました。こんなことに引っかかる人が今時いるものか、と。

そうしたら、友人の中に「半年ほど前に引っかかった」という人がいて…友人も「恥ずかしながら」と言っていましたから、その経験を通して学ぶところがあったんだろうと思いますが、学ばない人・学べない人もいるんでしょうね。

こうした引っかけは、ぐるっと回って最初の安易な方法に戻った、ということなんでしょうか。

気をつけたいものです。

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自主的に減薬・断薬

前回の受診からあれこれ考えて、彼氏や友人や元相方にまで愚痴ったり相談したりして、揃って「先生の言い方に問題がある」と言われ…うん、やっぱり変だよねって思って。

結論として、自主的に薬を飲まないで済む方向に持って行くことにしました。

先生が信用できなくなったという気持ちもあるんですが、ここ最近の状況を考えると、薬がなくてもどうにかなるんじゃないかな、と思えることが多くて。

むしろ薬が妨げになってる部分があるようにも思えてきたんです。

特に、後半から増えた薬(動悸が酷いと言ったら出された薬なんですが)を飲むと、ふらつきや瞬間的な指先・足先の痺れが出るので、ちょっと危ないかなと。

不要な薬なら飲まない方がいいし、お守り代わりに薬を持ち歩いて、どうしようもなくなりそうなら飲むという形にシフトしています。

睡眠導入剤だけは飲んでたんですが、一昨日は飲まずに眠れたので、昨日も飲まないで寝てみました。

確かに寝つきは悪いけど、眠れないわけではない。

となると、民間療法的な快眠の工夫でどうにかなるんじゃないだろうかと。

こちらも、どうしても眠れそうになければ薬を飲むということにして行く予定です。

仕事が始まったらどうなるかわかりませんけど、せめてお休みの間だけでも。

年内には薬とも病院とも縁が切れるようにしたいです。

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